福岡高等裁判所 平成10年(ネ)740号 判決
住所<省略>
控訴人
伊藤鉄工株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
安部光壱
住所<省略>
被控訴人
X
右訴訟代理人弁護士
小宮学
主文
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 右取消しに係る被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
以下のとおり補正するほかは、原判決三頁一〇行目から一四頁二行目までのとおりであるから、これを引用する。
一 原判決四頁末行「被告」から五頁二行目「(3) 」までを削る。
二 原判決一〇頁六行目「被告らに対し、各自、」を「控訴人に対し」と改める。
三 原判決一一頁初行から末行までを削る。
四 原判決一二頁五行目「(3)」を「(2)」と改める。
第三判断
一 当裁判所は、被控訴人の控訴人に対する請求は失当であると判断する。その理由は、以下のとおり補正するほかは、原判決一五頁七行目から一八頁七行目までのとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一五頁七行目「また」から同一〇行目末尾までを削る。
2 原判決一六頁初行「、③」から同二行目末尾までを「ということになる。」と改める。
3 原判決一八頁七行目の次に改行して次のとおり加える。
「 一般に、通勤は、業務に従事するに先だっての準備行為ないし業務の終了後に自己の生活の本拠等に戻る行為であって、業務そのものではない。そして、業務開始前や終了後は、労働者にとっては私的な時間帯であって、いかなる手段で通勤しようと原則として労働者の自由であり、使用者は、雇用契約において合意された場合等を除き、その通勤手段について、特定の方法によることを命じたり、規制をしたりすることはできないものというべきである。したがって、反面、通勤途上の労働者が交通事故を起こし、他者に傷害を負わせる等した場合に、使用者としては、特段の事情のないかぎり、それが事業の執行について起きた事故であるとされて、民法七一五条により責任を負うものではないと解される。労働者が通勤途上で事故に遭い、傷害を負う等した場合に労働災害とされることがあるが、これは、業務に従事するための準備行為や業務終了後生活の本拠等に戻る行為をせざるを得ない労働者を保護する趣旨に出たものであって、このことから、通勤途上の労働者が他者に傷害を負わせる等した場合における使用者責任を一般的に根拠づけることはできない。
そこで、本件において右特段の事情が認められるか否かにつき検討するに、乙ロ三号証、原審証人Bの証言及び弁論の全趣旨によれば、Cは、昭和六二年二月に控訴人に入社して以来、控訴人の元請である株式会社西日本ピーシーの筑穂工場内にある控訴人の作業場で業務に従事し、毎日、自動車を運転して、直接この作業場に通勤していたこと、前記のとおり控訴人がCを含む従業員に支給していた通勤手当については、自家用車で通勤する場合のガソリン代のおおむね半額に相当する額が規定されているものの、自家用車を用いて通勤するか否かに関わりなく、この通勤距離を基準として算定された額が一律に支給されるものであること、控訴人の従業員で、自家用車で通勤する者は全体の三分の二程度であったこと、本件事故当時、控訴人において従業員の通勤手段につき調査、把握等はしていなかったこと、Cを含む従業員に、自家用車で通勤をする場合は、任意保険に加入するよう指導等はしていなかったこと、控訴人が加害車を控訴人の会社用として用いたことや、Cに業務として加害車を運転させたことはないことが認められる。
Cの通勤は、自宅と控訴人会社外の作業場との間を直接往復するものであったけれども、控訴人がCに対し、通勤に自家用車を用いるよう指示等をしていたことはなく、同人としては、どのような手段を用いて通勤しても差し支えなかったのである。また、甲一九号証の一ないし四、原審証人Bの証言によれば、Cが自家用車を用いずに、公共交通機関を利用して通勤した場合、通勤費用は自家用車のガソリン代よりもかなり高額になることが認められるから、同人としては、自家用車により通勤する場合の方が公共交通機関を利用する場合よりも安価に済むことは明らかであるけれども、控訴人における通勤手当の額が、通勤手段のいかんにかかわらずガソリン代の半額を基準とした額で一定していたのは、いわばその最低限の実費の一部を補填する趣旨に出たものにすぎず、その結果、同人が自家用車による通勤の方法を選択したからといっても、このことから、控訴人が、Cに対して、自家用車による通勤を奨励していたということもできない。そして、他に、控訴人が、Cの加害車による通勤を管理、支配していたことを認めるに足りる証拠はない。
さらに、控訴人のCに対する通勤手当月額は、通勤手段のいかんにかかわらず、一律五〇〇〇円と定められていたのであるから、同人が自家用車で通勤することにより控訴人が利益を得ていたということもできない。
以上によれば、本件において、前記特段の事情はうかがわれず、Cの加害車による通勤は、行為の外形から客観的にみても、控訴人の事業の執行に当たるとは到底いい得ないのであって、本件事故が、控訴人の事業の執行につき惹起されたということはできないから、民法七一五条に基づき、控訴人に、これによる責任を負わせることはできない。
また、以上に判示したところによれば、控訴人が加害車の運行を支配し、その運行による利益を得ていたとはいえないから、自動車損害賠償保障法三条に基づいて、控訴人に本件事故の責任を負わせることもできない。」
二 以上によれば、被控訴人の控訴人に対する請求は全部棄却すべきであり、原判決中、被控訴人の控訴人に対する請求を一部認容した部分は不当であるから、これを取り消し、この取消しに係る被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
福岡高等裁判所第二民事部
(裁判官 原啓一郎 裁判長裁判官山口忍、裁判官西謙二は、いずれも転補につき署名捺印できない。裁判官 原啓一郎)